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2009年9月21日 (月)

徒然雑記

 

徒然雑記

 順番に並んでいて、バス始発駅から乗り後方に座る。

後から、年老いたお婆さんが乗って来た。

足元も覚束ない、よたよたしながら、首もあまり動かない

ようだったが、定期券位の大きさの紙56枚を運転手に

見せたが、運転手は「違いますよ」と言ったが、そのまま

席取りに行った。

運転手は、マイクで「保険証では乗れませんょ」と言った

がそのまま席に着いたままだった。

マイクで数回「お金を入れて下さい」と呼んだが、

聞こえないのか、そのままだった。

後から乗ってくる人がおり、乗ってきた人は、自分の

事かと、運転手に確かめに行った。

お婆さんの隣席の人が、お婆さんに何か言ったので

覚束ない足取りで乗り口に行き料金を入れた。

バスは、ようやく発車した。

最初、横浜市の敬老特別乗車証を見せたのかと思ったが

違っていたようだった。

保険証で乗れると誰かが教えたのか ?

誰か付き添いの人が一緒に来るべきだったのではと思った。

誰もが通る老化の姿を見たようだった。

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エコーポイント(2)

エコーポイント交換商品 引換証 が送られて来た。

ツーリスト旅行券10,000円券である。

代理店、特約店では、引換えができませんので店舗で

引換えて下さい。

お持ち戴くものとし

       引換証(本ハガキ)

       本人確認書類(運転免許証、健康保険証など)

     ご家族の方が代理で引換えに来られる場合でも

ハガキ記載のお客さまの本人確認書類をお持ち下さい

店舗に行き交換してようやく商品券が得られる。

平日にバスを乗り継いで支店迄行った。(1時間かかった)

その日は、定休日だった。

又、出直して行って、ようやく商品券と交換出来た。

旅行会社のツアーに行く時、商品券を使用することを述べ

説明書を同封しなければならない。

これだけの手順と時間をかけて、ようやくエコポイントが

活用出来たこととなる。

手続きをしてから約3ヶ月かかった。

購入時に現金還元のシステムとすると、このような無駄

な事をしなくてすむと考えた。

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2009年9月 2日 (水)

伊吹山

伊吹山

 日本百名山で高山植物の宝庫といわれる伊吹山に

着いた時は、霧が出ていて山容が分からない状態だった。

伊吹山ドライブーウエイの終点の山頂の駐車場(標高

1,260m)より山頂(標高1,377m)中央まで、お花畑を

散策する3つの遊歩道がある。滋賀県岐阜県

の県境に位置する標高1,377m(滋賀県では最高峰)

自然豊かな山です。

日本百名山の一つでもあり、高山植物には、伊吹山

固有種も多く貴重な自然の宝庫である。

若い頃、スキーに2回来たことがあるが、どの辺りか

見ることが出来なかった。

斜面が違う場所であるものと思われた。

この頃は、暖冬の影響で寂れているようだ。

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近江八幡

近江八幡

 水郷と古き商家のたたずまいのある伝統的建造物群

保存地区の近江八幡に行って来たる。

日本全国を商圏域として活躍した八幡商人

商人の故郷である近江八幡には、質素ではあるが堅牢な

商家の本宅や土蔵が、いまも建ち並ぶ歴史と伝統ある

町並みがある。

日牟禮八幡宮は、八幡山の南麓に建つ旧

八幡町
の総社で

近江商人の信仰を集めていた。

白雲館は、明治10年に建てられた貴重な疑洋風建造物

です。平成6年に解体修理され往時の姿に復元され、

現在は、観光案内所として利用されている。Dsc02068_small

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信楽の里

信楽の里

 陶器で有名な信楽焼きの窯元の見学に行って来た。

信楽の里一帯は、狸の置物が沢山並んでいる。

窯元の経営者から、狸の由来、種類、縁起の良い信楽焼き

の説明を受ける。

ここの登り窯は、この周辺で最大の11室あるが、現在、

使用されていない。

今は、電気炉又はガス炉である。

理由は、煤煙を出す環境公害と18人位の人と薪の使用量

が約1000束の値段、焼くのに1週間の日程が必要である。

登り窯の内部には、狸がそのまま鎮座していた。

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根本中堂

根本中堂

 根本中堂の堂内で僧侶より一般的な説話を聞いた。

内部は、薄暗く最澄が灯した灯火が1200年間一度も

消えることもなく輝き続けているので不滅の法灯と言われ

ている。

根本中堂とは、比叡山延暦寺の総本堂である。

中堂という呼称の由来は、最澄創建の三堂(薬師寺・

文殊堂・経蔵)の中心に位置することから薬師堂を

中堂と呼ぶようになり、後にこの三堂は、一つの伽藍に

まとめられ中堂という名前が残ったとされている。

比叡山延暦寺の中心であることから根本中堂といい、

中心的建築物である。

1200年前、伝教大師最澄は、日本の国の安泰と国民の

幸せを祈って日本人に合った仏教を比叡山に開いた。

その教えの根本をなすものが「個々が思いやりの心を

持って一隅を照らす人になる」すなわち一人一人が相手の

立場に立って考え自分の出来ることを精一杯行うことが

周りが良くなっていくと言うことです。

「一隅を照らすこれ即ち国宝なり」ということである。

この様な行動を皆が行うと、日本は、素晴しい国になる。

現在の根本中堂は、織田信長の比叡山焼き討ちの後、

慈眼大師天海の進言により徳川三大将軍家光の命によって

寛永11(1634)より8年の歳月をかけて再建された。

総桧造りの寝殿造りとなっている。

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2009年9月 1日 (火)

竹生島

竹生島

 琵琶湖に浮かぶ緑に包まれた霊場の琵琶湖八景の

竹生島は、彦根港から船で40分のところにある。

島は、周囲2Km,海抜199.6m全山花崗岩である。

古くから神の島として崇められ多くの人々の厚い信仰を

集めて来た。

竹生島は、神仏が一体化した思想の中で発展して来た。

明治時代の神仏分離令により「宝巌寺」と「都久夫須磨

神社」に分かれた。

宝巌寺は、神亀元年(724)、聖武天皇が夢枕に立った

天照皇大神より「江州の湖中に小島がある。その島は

弁才天の聖地であるから,寺院を建立せよ。すれば

国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう」と

いうお告げを受け、僧行基を勅使としてつかわし、

堂塔を開基させたのが始まりです。

日本三大弁才天の一つに数えられる聖地であり西国

三十三箇所観音霊場の第三十番礼所でもある。

都久夫須磨神社は、浅井岳(現在の金糞岳)の神である

浅井姫命が祀られている。

伊吹山の神である多々美比古命が、浅井姫命と高さを

競って負け、怒って切り落した浅井姫命の首が琵琶湖に

落ち竹生島が生まれたという伝説が残されている。

桟橋を降りて、すぐに島の入口に拝観料発売所(400)

があり、ここを通らなければ中に入れないようになって

いる。

すぐに急な階段を上り宝巌寺本堂(弁才天堂)そして

階段を下って都久夫須磨神社である。

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